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2007年12月の6件の記事

大晦日

大晦日を迎えるとあっという間の一年とおもいます。
年々短くなってきてるようなきもします。。。
さて、年の瀬の準備その2「お煮染め作り」。
里芋、人参、牛蒡、筍、椎茸、蓮根、絹さや隠元、蒟蒻。
これが終わると年越し蕎麦の準備です。

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茶室の明かりを考える

今回江戸千家を訪ねて見学した中で気がついたことですが。
茶室の落ち着いた雰囲気の中で電気の照明は少々違和感を感じました。

広間にしろ、小間にしろ電気の明かりが浮いていると思います。
茶の世界は穏やかなひかりの中でこそ生きてくる、
電気の明かりが無い方が心も落ち着き世界に浸れる。
また、空間の中に存在を主張する照明器具は邪魔に感じました。

明るい生活になれている世の中に合わせる必要かもしれません。
しかし、茶は元々浮世から離れて楽しむ物と思います。
ほの暗く穏やかな空間だからこそより茶の世界に浸れ、
浮世を離れ心の豊かな時間が過ごせると思います。

帰りの道中でも色々思案したのですが、
電気の照明を使うにしても新しい配慮をしたいです。
詫びた佇まいの千家の茶室故に感じたかもしれません。

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江戸千家を訪ねて

上野池之端にある江戸千家宗家に見学に行ってきました。
家元自らのお話しで広間・小間・お庭を拝見できると言うことでいそいそと出かけた次第。
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先ずは広間で江戸千家についてお話を伺い、その後班分けして小間、お庭など見学。
佇まいが落ち着いていて「侘び」を実感できたような気がします。
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午後の一時でしたが、とても充実した豊かな時間を過ごしました。
この経験を生かして茶室を造りたいです。

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差鴨居と垂壁の考察

伝統構法の架構要素で「差鴨居(差物)」と「垂壁(小壁)」どちらが強い家づくりに効果があるか良く議論になりますので私の考察として纏めてみます。

まず、「伝統構法を生かす木造耐震設計マニュアル」から「差鴨居」「垂壁」の耐力を確認しますと「差鴨居」は1.5kN、「垂壁」は4.0kN(それぞれ巾一間高さ一間半の単位フレーム)となります。「垂壁」は「差鴨居」の2.6倍の耐力があります。

この差がなぜ出来るか考察を続けます。
図aは「差鴨居」のモデル図です。Sasi01
図bは垂れ壁のモデル図です。Tare01


それぞれの柱との仕口(接合部)に(a)(b)を図示していますが。この部分の面積の違いが耐力に現れると考えています。「マニュアル」の「差鴨居」は9寸もの270mm。「垂壁」は3尺もの900mm。面積比と耐力比とはかなり近い値です。つまり柱にとりつく部材の成で耐力が決まります。そして「差鴨居」の方が面積当たりの耐力は強そうです。しかし、垂れ壁と同じ面積の差し鴨居は合成梁としても現実的ではありません。

そこで、「差鴨居」と「垂壁」を合わせた納まりはどうでしょう。
図cになります。Sasitare01

仕口(接合部)の(a')(b')の和が耐力になります。残念ながらデータがありませんが、「垂壁」だけよりは耐力はあるとおもいます。

纏めますと。「差鴨居」の上を塞いだものは「垂壁」よりは強い。(但しデータがありません。2割ぐらい強いと思います。実証データが有ればご教授ください。)差鴨居の上を欄間などで開けたものは「垂壁」の高さを梁の成で割った分の比で小壁より弱いです。

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伝統構法の科学性

欧州の建築技術の発達は数学などの検証に基づき進んでいたので、
経験則よりも科学的な構造力学の蓄積はありました。
特に土木や城郭・教会建築でその功績を見ることが出来ます。

で、日本はどうかというと木割りや規矩など力学的な面が不明瞭な資料があるのみです。このため力学的な検証がないとか、工学的でないといわれます。
私は時代背景として理論にあまり関心がなかったのかなと考えています。
その結果が工学的検証無く欧州の技術に傾倒したことにも現れています。

和算の歴史から見ても質量に対する材料断面の検討などしていたと考えてもおかしくない。こういう面を検証する学者がほとんどいないまま時代が経ってしまい消えた歴史といえるでしょう。
東洋建築工学があったかもしれません。

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佐賀名護屋城復元の妄想。。。

朝鮮出兵の際に築城した名護屋城の遺構発掘が進んでいるようです。
大阪城規模の御殿の後も出てきた。是非復元してほしいなぁ。

本丸は豊臣大坂城の写しでしょう。
復興大阪城を壊すわけにはいかないから、
佐賀名護屋城として豊臣大阪城を見たいです。

何もない佐賀(失礼)に人を集めるには良いネタと思います。
吉野ヶ里遺跡は地味ですし。。。

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名護屋城の規模は大坂城級、本丸跡から御殿群の遺構発見
http://kyushu.yomiuri.co.jp/news/ne_07120102.htm

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